【日本文学ふいんき語り】麻野 一哉、飯田 和敏、米光 一成著/双葉社

結局買いました。表紙の著者近影が、私の愛する漱石のまねっこだし(笑)
収録作品の中からいくつか、自分の妄想(連想?)を語ってみましょう。
作品名:こころ
著者名:夏目漱石
企画書:恋愛鬼畜シミュレーションゲーム
どう転んでもボブゲにしかならない作品なので(←私だけの意見じゃないですよ)、妥当な企画でしょう。
鬼畜言葉攻めだったら、ある程度の需要見込めるだろうし。
主人公(プレイヤーが操作するキャラ)が「先生」ということは、「K」攻略後、「私」を攻略できるルートも出現するのでしょうか?
「私」の場合は、最初から一目ぼれされているので、積み上げていくパラメーターは、「愛情度」ではなく、「緊密度」で、すっかり逃れられない所まで繋ぎとめたところで、一気に不幸に陥れる、「不幸背負わせゲーム」というところでしょうか。
そうすると「奥さん」は、何も知らぬ顔をしながらも、実は裏で工作活動を手伝っている秘書@ピラルル星人ですか。(by俺の下であがけ)
………この次「こころ」を再読する時、うっかり「私」のことを「子猫ちゃん」とか呼んでしまいそうで嫌だなぁ((((((((^^;
作品名:人間椅子 など
著者名:江戸川乱歩
企画書:文学アミューズメントパーク「乱歩ランド」
小学生時代、学校の図書室および市の図書館にあった「怪人二十面相シリーズ」等は制覇したし、筋肉少女帯のファンクラブに入っていたり、人間椅子のCD持っていたり(両バンドとも本著に名前が挙がっている)する割りに、私の中の「乱歩脳」はあまり発達していないかもしれない。
大人になってから、ちゃんと乱歩の作品を読んだことがないからかな。今度機が熟したら(←今現在読みたいという気分でもないから)読んでみよう。
アミューズメントパークには、この機会に乱歩の作品を読んでみようという人のために、読書室も設けて欲しい。
椅子(軟弱だからリクライニング付きのすわり心地いいやつ希望)が1脚ようよう置ける程度の狭い個室に、みっしりと閉じこもって読書できると、きっと落ち着いて作品世界にのめり込めると思う。
作品名:金閣寺
著者名:三島由紀夫
企画書:携帯アクセサリー型育成ゲーム「三島っち」
中身すっかり忘れているので、確か家に文庫本があったはずだと探したけど見つからない。替わりに数ページしか読んでいなかった「葉隠入門」が出てきましたよ。これは今だったら微笑ましく読めそうなので、その内ちゃんと読もう。
自分の誕生日が憂国忌と一緒なので親近感が……別にないです。
「三島っち」をやったら親近感わくかしら。飽きっぽい私は3日目には既に世話するのを放棄していそうだけど(^^;
米光氏の後書きから引用。
「国語」って、読解に見せかけた説教だったことがはっきり解った。『こころ』の一部を取り出して説教の道具に使ってるのだ。そんな一面的なものじゃないのに。読むことは自由なのに。
高校の時、返ってきたテストの正解に納得できなくて、自分のクラスを担当していたM先生に意見を述べたところ、M先生はそれに賛同してくれて、テストを作成したじじい老先生に掛け合ってくれたのだが、次の授業の時に、すげなくダメだと言われたと、しょんぼり報告してくれた(M先生はまだ若い方だったから/笑)こともありました。
出題者の考えた答え(決して作者の考えた答えではない)以外不正解というのは、すごく納得できないですよね。
でもまあ、本との出会いが国語の教科書である必要は全くないですし、義務的にではなく(私より上の世代だと"教養主義"という呪縛で読まされている人も多いと思う)、本著のような媒体を通し、自分が興味を持てると思った時期に近代文学等を手にとるきっかけが出来るのは良いことなのだと思います。
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